18・失禁で始まり、失禁で終わる日々
記憶が奪われると同時に、排泄機能も奪われてしまいます。
トイレの場所が分らなくなって起る異常行為。清潔感が分からなくなっての異常行為は、共にやさしいほうでした。
排泄機能を奪われて起こす、便秘、失禁は、後期の避けられない難儀な課題です。今も続いています。

両便失禁は無礼講
妻の大便と小便の失禁とかけて『無礼講』と解く。その心は、既に意思の伝達が困難になって打つ手なし。ギブアップなのです。打つ手がなければ、受容するしかありません。対応は『無礼講』と心に決めたのです。
1999・2000・2001・2002・2003年と、両便失禁との喜怒哀楽に関わる、エピソードの幾つかをご覧下さい。

　　 　　三つの部屋に散らばる大失禁

　99年8月4日午前8時、朝食のお膳を運ぶ途中に、大変な事態が起っていました。部屋中に大便と尿が散らばっています。次ぎの部屋も、その次の部屋も同じです。
　紙パンツの中で失禁したのに、大量だったのです。紙パンツから溢れ、滴り、歩いた後に便と尿が付いています。妻は椅子に座っていました。風呂場に移動させようとしましたが、動いてくれません。座っている座布団にも、穿いているズボンにも便で汚染されています。
　大量の失禁介護は、初体験でした。私一人ではどうしょうもありません。ヘルパーさんに直接電話で、助けを求めました。
　幸いﾍﾙパーさんは快く応じてくださって、入浴させてもらい助かりました。

協会からは、緊急対応は断られる
　大便で汚染された部屋の掃除を済ませ、やっと片付いたので、『困ったときには助けてもらえる』と期待して、事の次第を協会に報告しました。
　しかし『大変でしたね』と慰めてもらえる。と期待した電話も、期待を裏切られました。
　協会の担当者から、時間外のヘルパーの直接依頼は、許されない行為だと言うのです。『規則違反』をしたと、大目玉を食いました。決められた終業時間外は、規則違反なのでした。当時の在宅介護サービスの、厳しい限界を知らされた瞬間でした。
　その日を界に、失禁介護のイロハが身に付くまで、大失禁の都度私は、妻と格闘を繰り返していました。
・・・協会には、緊急対応できる態勢を作る余裕がない、ということが後で知らされました。

失禁への対応、取り敢えずは無礼講に
　夏に始まった両便失禁は、紙パンツだけでは抱えきれないのです。抱えきれるパンツを注文しましたがありません。取り敢えず大きいリハビリパンツに変えました。
　しかし、それもほとんど効果はありませんでした。『無礼講』にするための環境整備を始めました。
　①畳の部屋には、もう一枚上敷きを敷きました。
　②居間は、じゅうたんを捨て、床暖房にしてもらいました。この床暖房は、寒い冬の間は大変有効に活躍してくれました。汚れても拭き取りも便利で、洗濯物の乾燥にも役に立ちました。
　③長椅子のソファーは、汚染する度に拭き取るのは困難です。座布団と取り替えました。座布団は洗濯もできますし、失禁したサインにもなります。
　④衣服は、肌着・スラックス・ロングパンツなど、すべてすぐ着替えが出来るもの、洗濯ができるものに取り替えました。
　⑤布団の汚染は覚悟しながらも、汚染を最小限に食い止めるために失禁シーツを取り揃えました。失敗する日もありますが、助けられる日もあります。
　⑥庭の植木を整理し、洗濯物の、物干し場を増やしました。室内にも作りました。
　⑦風呂は、バリアフリーに改造したので助かりました。
　「無礼講」にしてから早10ヶ月になります。相変わらず両便の失禁は繰り返されています。
しかし、今ではなんとか一人でも対応できるようになっています。

遊び心での、尿釣り
　覚悟の上とはいえ、両便失禁の介護は大変です。介護のイロハを掴めない、最初の数ヶ月はかなり重荷に感じていました。心のゆとりがなくなり、疲れも溜まります。
　昨年は年末恒例の年賀状書きも、数百枚書くだけの気力がなく、介護を優先させて断念しまいました。
　そんな或る日、遊び心が閃きました。”魚釣り”です。釣り糸を垂れていれば百回に一回は、魚は釣れる。子供の頃の"魚釣り"を思い出しました。”魚釣り”の遊び心で、”尿釣り”を始めてみようとの思いつきでした。
　一旦はダメだと諦めていた『トイレ誘導』です。その日から、「もしや、もしや」とトイレ誘導に挑戦しました。奇跡が起ります。
　「もしや、もしや」の『トイレ誘導」が,11月には４回。12月には２１回。1月には31回。2月には45回。3月には55回。4月には49回”尿釣り”は成功しました。　
　繰り返し、繰り返しトイレ誘導を続けている為、新たな記憶も甦ったのでしょう。
　日中は雑音が多いためか、上手く行きません。夜は私と二人だけです。一度寝てからの成功率が多くなって行きます。
　最初の頃はお互いが目を覚まし、”視線が合い、笑顔が見られたとき”がチャンスです。その時は先ず成功します。
　最近は『お父さん』と起してくれます。しきりに何かを話していますが、何を話しているのか聞き取れません。しかしカンパツいれず、トイレ誘導すると大体上手く行っています。
　排尿後は、ぐっすりと寝られるようです。

心と感性は奪われていない
　“遊び心で始めた尿釣り”は成功しました。
　トイレ誘導することで、排尿機能の自立性が、妻にまだ残っていることを、改めて発見しました。お陰で、妻の心と感性は奪われずに、残っていることも発見します。この発見は、大収穫でした。
　衣服の着替え、入浴介助、おむつ交換、食事介助などすべてに通じることです。言葉は通じなくても、心と感性は通じることが出来ます。
　一方的に、私の意のままに、介護していたときは、悉く抵抗され、上手く行きませんでした。ところが、妻の心と感性を大切に、妻の心と感性を読み取って介護すれば、何事も上手く行くことを悟りました。
(2000年の老々介護日誌より)

　両便失禁は、2003年の今も繰り返しています。オムツからはみ出る便漏れ、尿漏れも繰り返しています。便漏れ、尿漏れをなくする試行錯誤の成果は、今ひとつです。その後のエピソードは項を改めて記録して行きます。
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