17・心と感性は奪われていなかった


ケアノートは介護の教科書

ケアノートは52冊目になります。94年から98年の5年間のケアノートを読み返していますと、当時の情況が手に取るように分ります。今回は記憶泥棒に奪われたものと、奪われなかったものを拾い上げてみました。
この5年間に、妻の『自分らしさ』は次々と奪われていつています。しかしその一方で娘とヘルパーさんの記録には、『楽しく、明るく、活き活き」している妻の『一日』が綴られています。記憶や機能は奪われても、心と感性は奪われていませんでした。適切な支えがあれば、残された機能で『自分らしさ』を確保できています
このことを改めて再発見しています

  45年の結婚生活の記憶が、一瞬の内に奪われる。

       
この時期は記憶泥棒に、容赦なく中長期の記憶の殆どを奪われてしまいます。私達の結婚してから45年間の記憶が一瞬の内に奪われていました。私が配偶者でなくなります。妻と接する人が、誰なのかも分りません。自分の住んでいる家も、分りません。言語も奪われ、誤言語・作話が多くなります。文字も書けなくなります。長年身につけた生活能力も奪われ、・炊事・洗濯・掃除・買い物が出来なくなります。季節感が解らず、衣服の着替え・入浴・洗髪・洗面・歯磨きも出来なくなりました。長年培ってきた、妻らしさ、人間らしさは、次々と奪われ、別人のようになってしまいました。

       徘徊・介護抵抗は、介護のイロハを知らないと繰り返される

 残念ながら、私も、娘も、痴呆の介護は初体験でした。しかも介護のイロハを知りませいでした。その上天使のようなヘルパーさんと、上手く行きませんでした。ヘルパさんも又痴呆の介護は皆さん初体験のようでした。介護指導も十分受けておられないようでした。
 困りました。ヘルパーさんと上手く行かないと、私の妻と、在宅での『今日一日を共に生きる』挑戦が、途絶えることになりかねません。
 私達の介護の拙さから、妻は記憶泥棒に翻弄され続けました。特に96年と97年は教科書どおりの、幻覚・妄想、『徘徊』と『介護抵抗』など、多動錯乱期の異常行動が多発しました。
 私達は介護のイロハを知らないが故に、介護のイロハを発見するまでは、随分と苦労しました。

一方『見守り』効果は継続されていた

 96年29回、97年126回徘徊に同行した記録が在り、ヘルパーさんえの引継ぎが出来ないため、私はその年何回か、病院の仕事を休んでいます。

 しかしこれらの異常行動の記録は、全体の流れの中では、一部分の記載でした。95年のヘルパーさんの記録の多くは、今日は妻は機嫌よく、笑顔で迎えてくれた。歌を歌いながら、買い物に行った。植物園では、バラも菊の花も綺麗だと喜んでいた。『川の流れのように」はカセットなしで歌えるので手を叩く。
 96年には、公園の散歩の他、針仕事、アイロンかけ、掃除、食器洗いをされる。折り紙、カラオケ
謡い、俳画、編み物をやりましたと記載しています


 97年には、謡いと俳画は1年間で中止していますが、代わって『刺し子』に熱中しています。唱歌、演歌、公園の散歩も楽しんでいます。散歩中幼児に出会うと、とても喜ばれると書いてあります。この年テレビでは『幼児番組』にとても興味を示されると、毎回のように書いてあります。その年『幼児番組』のビデオ二巻も購入しています。

 98年にも、市川昭介、星野哲郎の演歌を楽しむ。公園までの散歩。折り紙、編み物、刺し子を楽しむと書いてあり、その年の後半まで、編み物、刺し子を喜んでいました。
 この様に、多くの時間は、娘と天使のようなヘルパーさんの『見守り』効果が十分発揮されていました。笑顔と安心を確保し、残存機能を活性化させる役割の、素晴しかったことを改めて思い出しています。娘とヘルパーさんには、心から感謝しています。

介護のイロハを妻から学ぶ

 この時期の最大の収穫は、介護のイロハを妻から学ぶことが出来たことです。
この時期の異常行動は、先の見えない難問のように思えました。当時は、徘徊や介護抵抗は、施設においては、身体拘束や抑制されかねない異常行動でした。この時期のヘルパーさんの交代に、私は心を痛めました。なかでも経験の豊富な、ベテランのヘルパーさんですと紹介されされたヘルパーさんと上手く行きませんでした。数回目の事、そのヘルパーさんとは、「私知りません。帰ってください」といって引継ぎが出来ない日が繰り返されます。半年目には、妻が『私、この人に殺される」と私に訴えます。心と心が触れ合うことなく、切れたままでした。手のほどことようもなく、困り果てました。


 そんなヘルパーさんとの関係が、ある閃きから一瞬にして解決するのでした。
閃きは、当時の私と妻との関係でした。96年の1月以来、私と妻との関係は、配偶者でなく、『父親と四歳児』の関係になっていました。しかし、『心と感性』は繋がったままでした。『お父さん、お父さん」と信頼し合った、お芝居による親子の様な関係になっていました。

 妻から教わった『心と感性』による繋がり、これを新しく交代されたヘルパーさんにお願いしてみました。ヘルパーさんでなく、「お芝居の要領」で『親しかった妻の友達」になりきって貰いました。
幸運でした。 またまた天使のようなヘルパーさんに巡り合いました。妻の感性はまだ豊かでした。心を許せる相手と受け取ったのでしょう。たちどころに『心と感性』は、見事に繋がりました。大成功でした。私は、感動していました。
記憶や言葉は奪われるが、心と感性は奪われていない。私には、大発見でした。このことが理解できるようになった途端、妻と共に楽しく、安心して、生活できる範囲は拡大しました。妻の徘徊や、介護抵抗が嘘のように無くなったのでした。

 ピンチはチャンスとはこのことでした。苦労しましたが、試行錯誤の中から、私はとても大切な『介護のイロハ」を、学ぶことができました。妻とヘルパーさんは、私の介護の大教師そのものでした。
2003年7月29日記載


トップページへ戻る   次のページへ